遠州浜松「里の家」里山の暮らし

浜松市北区都田町の里山に魅せられて、森と田んぼと畑のある里山、築120年の古民家で暮らし、みやこだ自然学校をしています。
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エコジャパンカップのプレゼンを終えて

17日の土曜日にエコプロダクツの一角に設けられたエコジャパンカップのステージに立った。みやこだ自然学校として、エコジャパンカップにエントリー、一次審査を通り入選。その最終審査があった。時間を守るためと的確に伝えるためにスライドショーを流しながら、ギターでBGMとした。それはとにかく、質問で田畑を整備するのに「専門家がいたのか」と聞かれた。専門家の助言も手伝いもなかったし、「作業はほとんど自分ひとりでしました」と答えた。また、全国に広げたいとのことだが、どういう方法で」とも聞かれた。これには呼ばれたらどこへでも行くと答えた。これまでは「この指とまれ」式でやってきたが、これからはくるまざでやっていくとも。

子どもの頃から「自分でできることは自分でする」と育てられてきたし、僕の基本となっている。今は多くのスタッフや協力者、専門家が支えてくれている。それも、やはり自分でできることをやってきたからだと感じている。40代になった時、40代にふさわしい生き方をしよう、やり始めたことはやり抜くと決めてやってきた。

田んぼの整備は初めての経験だったが、なぜ代かきをするのか、なぜ陸性の植物だった稲に水を張るのか、なぜ種でなく苗なのか、なぜ水深を育成に合わせて変えるのかなど、なぜ畦塗りをするのか、なぜ田んぼに彼岸花が咲くのか、疑問を持つことが大切だった。調べてみると理由が分かった。理由が分かれば、どうデザインすればいいのかが分かる。昔は水平を知るために水引を使ったが僕は水平器を駆使した。畦塗りを省力化するために端材の板を使った。好奇心や工夫があれば昔の知恵を知ることになる。工業高校の設備科の知識や大学時代の木材やフィールドデザインの知識も役立った。

みやこだ自然学校の「循環型社会のミニモデル」をつくることはそれほど、難しいことではない。数人のやる気のある団体なら田畑の開墾や整備を行うなら一年で十分かも知れない。重機を貸してくれる企業もあるだろう。

ひとりでやった、というより、ひとりでやってみたかった。開墾の作業をしていると、最初に土地を開墾していた、おそらく100年以上も前の人々の苦労が分かる。その苦労がどれほどのものだったのか、肌で感じてみたかったのだ。顔も知らない、名前も知らない人たちだが、土地を通じてつながっている気がした。今を生きる人々の横のつながりはとても大切だが、歴史という縦のつながりも意識するようになった。過去の人々と現在の自分のつながりに意識が及ぶと、必然的に現在の自分と未来の人々とのつながりも感じるようになる。未来の人々とは、子どもたちの子どもたち、その子どもたちであり、その姿をリアルに感じる。自分の子どもたち、参加している子どもたちが成長し、青年となり、やがて年老いていく姿を、その過程がまるで映画のように、幾度となく巡りゆく季節の中で想像できる。

人はこうやって生きてきたのだと実感できる。苦労の先にある喜びを、あらがうことのできない自然の厳しさの中にあっても希望を持ち、助け合い、時に対立することがあったとしても、分かり合ってきたのだと思う。そうでなければ、生きていくことができなかったはずだ。どんな命がそうであるように、人もまた、未来につながる今を生きているのだ。
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[ 2011/12/20 23:49 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)