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遠州浜松「里の家」里山の暮らし

浜松市北区都田町の里山に魅せられて、森と田んぼと畑のある里山、築120年の古民家で暮らし、みやこだ自然学校をしています。

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静岡県の事業仕分けに思う

静岡県事業仕分けの一部の結果に疑問がふつふつと湧いてきて、調べてみた。一部とは、「春野山の村」が不要という評価に対してだ。

【事業仕分け区分に係る意見】
・浜松市が必要かどうか確認した上、必要ないのなら不要とする
・必要な補修を行った上、民間委託
【班としての全体意見】
・浜松市と、施設の必要性について合意形成のための協議を早急に進める必要
・地元の方々の意見も十分に踏まえて結論を

「春野山の村」は高校生の集団宿泊訓練施設として、1981年に開設された。背景として1970年代に2回目のベビーブームがある。ピークは1973年で、その年の出生数は約209万人。団塊ジュニアとも呼ばれた。しかし、第一次オイルショック後の1975年から出生率が下がり続け、2006年には1.32となった。しかし、近年、増える傾向にあり2008年は1.37となっている。つまり、団塊ジュニアが高校生になる頃に設立された施設ということになる。大きくみれば人口が増え、高度成長期で財政も潤沢だった時代に、大規模な施設がつくられた・・ということなのだと推測できる。

「春野山の村」のフィールドの大部分は人工林で、天竜地域では珍しく平坦な場所が多い。だからこそ、立地に向いていたということも逆に言える。高度成長期にはマイホーム政策が進められ、都市郊外で団地建設や宅地開発がなされていた。当然、木材の需要も増える。原木の値段のピークは1980年頃。ヒノキ中目丸太で立米当たり70,080円だったのが、平成15年には半額以下。スギ中目丸太も同様に41,420円が17,800円になっている。下落傾向は今も続いている。つまり、木材が一番値段の高い時に静岡県の教育委員会に売っていることになる。

林業は一代でなせるものではない。「春野山の村」には様々な年生のスギやヒノキがあるが、ざっと見て40~50年生のものが多い。中には100年を超えると思われるスギの巨木もある。第2次世界大戦後の増大する木材需要に応えるため、1957年から1960年代後半にかけて推進された拡大造林の時期と符合する。山から原木の丸太を出すのは容易ではない。林道を造り大型機械を使ってもなお、やはり大変な作業だ。危険も伴う。斜面が急になればなるほど、何倍もの手間がかかる。「春野山の村」の平坦な場所は、それだけに貴重な場所だったことは、たやすく想像できる。まだ、林業に希望があった1980年頃、山地として一等の場所を、そして先祖が植えたスギ・ヒノキが残る山を地元の人々は売ったのだ。

「お金が入るから売ったんじゃないの?」という意見は、街側の感覚だ。また「田舎の人は土地に執着している」というのも偏った見方だ。みやこだ自然学校の田んぼはすべて、耕作放棄されていた田んぼを再び開墾したものだ。山の田んぼと里の家の田んぼは合わせて20m×55m程度の小さな田んぼだが、開墾にかかった時間は500時間以上。正直、何度も辞めたくなった。昔の人たちは機械もない時代にどうやってやったのかと、思わずにいられない。そのうち、原野を開墾するよりはずっと楽だと思うようになった。田んぼのカタチが残っているからこそ、開墾することができ、今年も稲刈り、はざかけができたのだ。田んぼに入る度に、かつてここで土を運び、はびこる根や岩や石を取り除き、水路を築いた人々の根性と根気を想う。

自分の先祖ではない人々がかつて造った田んぼに対して、自分がそう感じるくらいだから、本当の子孫たちの想いは自分の数十倍もあるだろう。腰が九の字曲がったご老人が、畑に出てせっせと草取りをしているのは、単に習慣がそうさせるのではない。先祖たちが、自分の親たちが苦労を重ねて築いてきた田畑や山林は、魂の遺産であり遺品なのだ。山を売るということは例えて言うなら、先祖や親の墓を売るような、そんな感覚なのではないかと想像する。先祖や親の墓をお金のために売ることに抵抗感を持つのは、心ある人の当然の感覚だろう。

山間地域や農業は時々の国の政策に翻弄されてきた。青年たちはいつの時代も未来そのものだ。その高校生たちのために、遠州のために、国のためにと説得されて、売った山林。それが、必要がなくなったから「必要ないのなら不要とする」というのは、一体、どういうことなのだろう。

教育委員会は当然のことながら、林業のプロではない。宿泊施設から近い場所、車道に近い場所は林業体験として間伐がなされ、ほどほどに手が入っている。しかし、急斜面や施設から遠い東のエリアは手付かずで荒れたままになっている人工林がある。土が流れ、根が浮き上がり、密集して光は届かず下草もない。台風や豪雨で地崩れしかねない。こんなに荒れてしまった人工林は誰の責任になるのだろう。世界では気候変動の原因となっている温室効果ガスの削減を目指しているのに、県が所有していた「春野山の村」の人工林はほったらしのままでいいのか。

「必要な補修を行った上、民間委託」という意見も憲法の「教育の機会均等」という観点から、安易すぎる。施設には維持費がかかる。この前の台風で、倒木が電線を切り3日間「春野山の村」や付近の地域の電気が止まった。真夜中、ディーゼルの非常電源装置が働いたが、軽油切れで停止。その復旧には保安協会による点検が必要だった。「春野山の村」の施設は収容人数400人に対応するため大規模で、補修だけでなくコンスタントにそれなりの維持費や整備費がかかる。

大規模施設の性格上、ファミリーや個人がメイン・ターゲットではない。学校やサークル、企業などの団体利用がなければ運営は成立しない。受益者負担の論理で行うとすれば、利用料金は当然、高く設定せざるを得ない。ファミリーや個人、企業は別として、学校やサークル、NPOや民間などの青少年団体が利用する場合、高額な料金設定で利用者が増えるとは思えない。何らかの補助を行い、利用しやすい料金で青少年団を呼び込むべきだ。基本的人権として、子どもはあらゆる有益な教育を受ける権利を有している。受益者負担と教育の機会均等は、そもそも相容れない性格を有していると考える。義務教育だけが、「教育の機会均等」の場ではない。目先の合理性で教育や子どもたちの未来を論ずるべきではない。

2010年には、生物多様性条約第10回目締約国会議(COP10)が愛知・名古屋で開催され、日本でも話題になることが予想される。今後、環境教育が増々、重要性を帯びる中、環境教育、とりわけ森林環境教育の場として十分に活用できる施設と地域の人材がいる「春野山の村」の廃止は、好ましくない。学校や付近のフィールドで、体験から学ぶ森林環境教育は十分に行えるものではない。誰もが、とりわけ次代を担う青年たちが、今、環境教育、森林環境教育を受けることは、とても重要だと言える。

農林水産省、文部科学省、総務省が連携して推進している「子ども農山漁村交流プロジェクト」(愛称:ふるさと子ども夢学校)は、学ぶ意欲や自立心、思いやりの心、規範意識などを育み、力強い子どもの成長を支える教育活動として、小学校において農山漁村での1週間程度の自然体験・集団宿泊体験活動を行う事業だ。2013年度より小学5年生が6日間、農産漁村に5泊し体験する計画で、農家への宿泊体験も1泊含まれている。ふるさと子ども夢学校の取組みで街の子どもが山間地域へ入ること自体、地域活性化へのきっかけとなり得る。そして、ゆくゆくはグリーン・ツーリズムやエコ・ツーリズムの布石ともなり得るプロジェクトである。

また、山の街の交流による林業への理解と地域材の利用拡大も期待できる。林業が経済的に成立し、間伐が進めば、二酸化炭素の森林のよる吸収だけでなく、荒廃した山林を蘇らせることができ、地滑りや土砂崩れ、ダム湖への倒木の流入防止と堆砂の減少、及び水道の水源確保へとつながっていく。浜松市の水道のうち2/3は工業用水であり、将来に渡り安定した工場操業のためには、水源確保は必須の課題である。林業が経済的に成立するということは、現在、人材不足で悩む林業従事者が増え、山間地域の人口が増えることにつながる。若い林業家は新しい経営感覚で林業に改革をもたらす可能性があり、実際、中には様々な合理的施業を行っている若い林業家がいる。

昨年度、対象児童数とマーケットの簡単な試算を行った。5年後の小学5年生はおおよそ6才。2009年4月現在、浜松市の6才の人口は7535人、天竜区以外の子どもを受け入れるとして、6899人となる。単純に計算すると、6899人×5泊×5000円/日=1億7247万円(宿泊2,500円/食費1,000円/体験料・保険料他1,500円)となる。この経済波及効果は決して小さくない。農産物の買い入れ、地元農家への宿泊体験の謝礼、施設管理や食事の提供など、受け入れ地域に雇用拡大などの還元がなされる。街の人が街でお金を使うのではなく、街の人が山でお金を使う循環がうまれる。現在の農林業政策だけでは、なし得ない可能性と効果が期待できる。

静岡県西部地域の中で最も、収容人数の多い野外活動施設が「春野山の村」である。浜松市の小学5年生がすべて「春野山の村」の利用を前提とするものではないが、現在、「春野山の村」は浜松市以外の県内や他県からの利用もある。「春野山の村」がなくなれば、積極的にふるさと子ども夢学校を推進している長野県など他県へ流れることになり、1億円余近い経済効果が失われかねない。また事実上、春野地域における森林環境教育と山の街の交流の拠点は失われる。「必要ないのなら不要とする」とした場合、失われた経済効果と教育効果について誰が責任を取るのだろうか。行政への不信感も当然、生まれる。 一度、なくしたものを取り戻すの難しい。静岡県は「富国有徳」「創知協働」を謳い、協働事業を推進しようとしている。これでは地元との乖離を生むだけで、協働を後退させる。こうした取組みこそ、協働で論議すべきだ。

こうした背景を知らない仕分け人が論議しても適切な判断ができるとは思えない。この事業仕分けは裁判員制度に似ている。地域のあり方を左右しかねない重要な案件を限られた時間で結論づける。「春野山の村」は設立されて28年になる。しかし、「春野山の村」の事業仕分けにかかった時間はたったの30分。事前に配布されたであろう資料を検討していたとしても、裁判にかかる時間より長いとは思えない。これが、血の通った温もりのある政治なのだろうかと疑問を持たざるを得ない。

最後に、事業仕分けの結果を受け廃止となった場合、10年後、20年後、過った判断だったと分かった場合、誰の責任になるのだろう。また、どのように責任が取れるのだろう。これこそ、たらい回しにならないようにしてもらいたい。

静岡県/事業仕分け
http://www.pref.shizuoka.jp/soumu/so-030a/jigyoushiwake.html
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[ 2009/11/18 20:05 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

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