遠州浜松「里の家」里山の暮らし

浜松市北区都田町の里山に魅せられて、森と田んぼと畑のある里山、築120年の古民家で暮らし、みやこだ自然学校をしています。

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みやこだ自然学校と自分

時々、斜に構えた自分が「どうして、そんな銭にもならないことをやっているんだ」と囁く。確かに、畑や田んぼの作業に40時間、プログラムの作成、準備、連絡、マネジメント、助成金の申請に報告、チラシをつくり印刷屋に依頼、ホームページの更新にブログの更新、世話になっているひとへのお礼、問い合わせへの返事・・。なんだかんだ100時間。誰でもできる事だとして、時給800円なら8万円。専門職だった都市計画のコンサルタント時代は、主任技術者として2.5万/日。自営になってからは1.5万から2万の計算で見積もり仕事をしてきた。みやこだ自然学校を仕事として考えると、最低でも20万はもらわないと食っていけない勘定・・。斜に構えた自分は相変わらず「おまえのやっていることは、そんなに価値のない事なのか?」と言う。

今月、体調を崩してプログラムを休んだことがあった。かわりにスタッフがやりくりして、無事終わったと報告を受けた。有り難い。もう僕ひとりのものではなく、みやこだ自然学校は今、スタッフと会員がつくりあげている。体調が戻って、自転車に乗っていた時、新鮮な風と光を感じた。「価値のない事なのか?」「いや、そうじゃないよ。価値をお金に換算すること自体がおかしいんだよ」僕の透き通った胸に風と光が通り過ぎた。

僕が伝えいたい事、それはお金という価値じゃない。大切のものは他にある。宝物は他にある。子どもたちが無農薬の野菜をおいしいとたくさん食べる。嫌いな野菜も食べる。たくさんの体験と経験を親と共有する。生き物に触れ、森の中で遊び、時に働く。それはきっと幸福なこと。僕がやりはじめなければ、スタッフと出会うこともなかったし、子どもたちと出会うこともなかった。これでいいんだ。僕が僕であるために、僕はやりたいこと、やらなければならないこと、やれることをやっていく。

僕がどういう価値観でみやこだ自然学校をやっていくのか、それがいつも問われている。伝えたいことと自分の価値観や生き方が違っていては本物にならない。目の前に大きな、そして最後のハードルがある。これを超えていければ、次代に受け継ぐ何かを残していける。僕の暮らしも生き方もそれでやっと本物になっていく。

自然学校にきてくれる子どもたちは、僕の大切な宝物。未来の宝物。
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[ 2008/09/24 23:56 ] 未分類 | TB(0) | CM(2)

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