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遠州浜松「里の家」里山の暮らし

浜松市北区都田町の里山に魅せられて、森と田んぼと畑のある里山、築120年の古民家で暮らし、みやこだ自然学校をしています。

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森は森らしく在ること

最近、森林公園のバードピアを手伝ったり、静岡市にある遊木の森を見学してみて違和感をちょっと覚えました。日曜日のプログラムで危ないからと、父兄が木の根っこを抜いているのを見て気付きました。「森の中にいさせてもらっている」という感じが森林公園や遊木の森はない、ということでした。自然を使わせてもらっている、というか。

滝沢の森は手入れも十分にされていない人工林だけど、「森の中にいさせてもらっている」感じがする。手入れがされていないことが幸いして、コナラや桜がある。コナラのどんぐりや桜の種は動物が運んだもの。どんぐりはアカネズミかも知れないし、種はシジュウカラかも知れない。完全な人工林じやない。

根っこを抜くのは構わないんですが、人間にとって快適・安全な森にするのは違う・・そう思っています。根っこに足をひっかけて転んだとしても、大ケガにはならない。逆に大ケガにならない程度の配慮がしてあります。森には森のルールがある。掟というか、べからずというか・・。森を人に合わせるのではなく、人が森に合わせる。それが自然と共生するということ。

つまづき、転んで、起き上がる。それが人生というもの。転ぶ体験の方が多少のケガより大切のような気がします。何度もそうした体験を積み重ねた方が心が強くなるような気がします。森は森らしくあることが大切で、自然の中へ入ることはリスクがあって、そのリスクが人を強くする・・そんなことを感じた日曜日でした。
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[ 2006/09/27 23:52 ] 森づくり | TB(0) | CM(0)

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